オキナカの意見

世間的な常識は捨て「夢中になれるものに没頭」すれば世界は広がる

堀江氏の著書「すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~ (光文社新書)」を読みました。

すごく良い本でしたね。共感できる部分が多くて「あるある」って思いながら読みました。

特に中学3年生のときの進路指導で、母親と担任から「進学校へ行け」「いい大学を目指せ」…そのほうが「いい会社に入れる」「安定した人生を歩める」…と言われたことを鮮明に思い出しました。

いまだにこういった価値観で進路指導がされているのかはわかりませんが「安定した人生って何?」って話ですよね。

進学校に行って…大企業のサラリーマンになることが「安定した人生」って発想が、当時の自分には理解できませんでした。※今も理解できていません…

結局は父親と部活の顧問の後押しもあって進学校へは行かず、当時熱中していたスポーツの強豪校へ進学しましたが、30歳を超え…過去を振り返ったときに、当時の決断に1ミリの後悔もないですね。

むしろ「あのときの決断は間違っていなかった」と思っています。

まぁ人生には「いろんな決断」があっていいと思っているので、進学校へ行くことも大企業への就職を目指すのも問題ないことです。

ただ「自分のやりたいことを辞めてまで、安定を目指して大企業への就職を目指している」とか「このまま好きなことを続けていていいのだろうか」と悩んでいる人には、この記事と「すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~ (光文社新書)」を読んでほしいですね。

夢中になれるものに没頭すれば世界は必ず広がります!

クビになりにくいこと=安定とは限らない

当時の母親と担任の言葉で理解できなかった(疑問だった)のは以下のようなこと。

  • 進学校へ行っていい大学に入れば大企業へ就職できる確率が高くなる
  • 大企業へ入社できれば安定した収入を退職するまで得ることができる
  • スポーツを頑張ったって怪我をしたら終わり
  • 仮にプロになれたとしても引退したあとはどうするの?路頭に迷う可能性が高い
  • せっかく勉強ができるんだから無難に行けばいいのに…

これらの言葉が心から受け入れられなかったですね。

三者面談のなかで、僕が母親や担任に伝えたことは以下のようなこと。

  • それの何が楽しいの?
  • 進学校へ行っても楽しくなければ勉強しないと思う
  • 大企業に入社しても楽しくなければやめると思う
  • 収入的には安定するのかもしれないけど精神的には安定しない
  • 好きなことなら「苦しくてもやりきれる」が楽しくないことは頑張れない
  • 何があるがわからないのはスポーツも勉強も同じ
  • スポーツから得られる財産は「プロになる」というゴールだけじゃない
  • 僕の可能性を信じているのであれば「無難」は失礼

以上なようなことを一生懸命伝えていたのを覚えています。

どんな道に進んだって「乗り越えなければいけない壁」っていうのは存在すると思います。それを乗り越えなければ次へは進めない。

でも夢中になれるものであれば「どんな困難にも立ち向える」…僕はそう思うんですよね。

大企業だって倒産するリスクってあるし、人間関係だった良好であるとは限らない…仕事が辛すぎてうつ病になる可能性だってある…。大企業だから安定なんて確約はどこにもないですよ。

それに進学校に行ったからって大企業に入社できるわけじゃないし…。

そういった意見を伝えたのですが母親は頑固でしたね…「どうしても進学校へ行ってほしい」これの一点張り…担任の先生も母親の意見に賛同して、あの手この手で説得しようとしてくる。

女性が団結したときのパワーを感じましたね。

お互いに譲らないので話が終わらず、後日仕切り直しをすることに…で、数日後に僕と両親…担任と部活の顧問の5人で面談が行われました。

そこで開始早々に父親が「私は息子を応援したいと思います」…「これ以上は息子への口出しは無用」と言い話がすぐに終わりました。

このときは「オヤジ〜カッコイイぜ!」って思いましたよ。

スポーツに没頭するという体験がもたらす可能性は「プロ」ということだけじゃない

スポーツに没頭するという体験がもたらす可能性は「プロ」ということだけじゃないですよね。

僕はスポーツを通して「人間の身体をどうやって強くするか」ということに興味が湧き、結局は大学院まで進学して夢中になって勉強をしました。

他にもスポーツで海外の選手と交流したことから「英語やスペイン語を喋れるようになりたい」と思うようになり必死に勉強しましたね。

で…何が言いたいのかというと…

何かに「夢中になっていると世界はどんどん広がっていくもの」だということ。

逆に世間的な「常識」にとらわれて、身動きが取れなくなっていると「世界はどんどん狭まっていく」…僕は心からそう思いますね。

だから「自分のやりたいことを辞めてまで、安定を目指して大企業への就職を目指している」とか「このまま好きなことを続けていていいのだろうか」と悩んでいる人には「夢中になれるものに没頭しろ」と伝えたいです。

まぁ堀江氏の「すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~ (光文社新書)」を読めば…

  • 社会に出て学校で学んだ知識が「役に立った」と感じることはあまりない。それは学校が「知識」を教えるところではなく、「常識」を植え付けるために存在する機関だからだ。
  • 知識とは、原則として「ファクト」を取り扱うもの。主観の一切入り込まない事実(ファクト)にもとずく知。それが知識である。一方、常識とは「解釈」である。主観の入りまくった、その時代、その国、その組織のなかでしか通用しない決まりごと。それが常識である。日本でよく見られる儒教的な道徳規範などは、まさに「常識」の最たる例だ
  • ただそこに存在するのが知識であり、誰かの手によって作られるのが常識である。
  • なぜ学校は恣意的な常識を人に押し付けようとするのか?その常識によってどんな人間を育てようとしているのか?一言でいえば「従順な家畜」である。
  • やりたいことをやり、大切にしたいものを大切にすれば、それに賛同する人が必ず現れる。
  • 今を生きる人たちが向き合うべき課題は、「いかにいい大学に入るか」ではなく、「いかに自分だけの幸福を見つけ、追求するか」なのである。
  • どんな入り口からでも、無限の可能性にアクセスできるという事実

なんてことが書かれてあって、これからのアクションに大きな影響を与えてくれるはずです。